「2年生の壁」は怖くない!授業を「最高に楽しい!」に変えた、わが家の家庭学習の整え方

七田プリント、公文、ナンバーブロックス、100玉そろばんその他家庭学習

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2年生の授業のリアル

学校の教室の写真

「2年生になると、算数や国語がぐんと難しくなるよ」 そんな話を耳にして、少し身構えながら迎えた新学期。

実際に2年生になったわが子から学校の様子を聞いてみると、そこには親世代が受けてきた「静かに先生の話を聞く授業」とは全く違う、驚くほど高度な世界が広がっていました。

「自分でスリーヒントクイズをいくつか作って、お友達と出し合うんだよ。相手が言ったことはメモしなきゃいけないの」 「筆算のやり方をさらっと先生から習った後、どうやったら1年生の子にもわかるように説明できるか、グループで相談してノートに書いてきたんだよ」

わが子から聞いたこの話に、私は思わず唸ってしまいました。 これって、単に計算ができる、漢字が書けるというレベルの話ではないですよね。

「自分の考えを言葉にする(言語化)」 「相手の話を素早く書き留める(メモ)」 「自信を持って輪に飛び込む(コミュニケーション)」

今の授業は、アウトプットの嵐。 そして、この高度なやり取りを存分に楽しむためには、ある「絶対的な前提条件」があることに気づかされました。

それは、1年生の基礎が「無意識」にできるほど整っていることです。

もし漢字やカタカナを思い出すのに必死だったら、クイズを考える余裕なんてありません。 もし書くことに自信がなかったら、お友達の席へ聞きに行く勇気すら削がれてしまうかもしれません。

今回は、2年生の「対話型授業」を子供が心から楽しむために、わが家が1年生のうちに整えておいて本当に良かったと感じる「土台作り」についてお話しします。

国語:1年生の武器を「無意識」に使えるまで

音・訓両方が記載されている「くもん」の漢字ドリル
音と訓、どちらもさらっと読み書きできるまで。市販のドリルを遊び感覚で進めていたのが、今のアウトプットの武器になっています。

クイズ作りや友達への説明ノートで手が止まらないのは、1年生の漢字やカタカナが完全に定着しているからこそ。

振り返ってみると、1年生のカタカナ学習は驚くほどあっという間に終わってしまいました。 宿題に出たのも数えるほど。でも、2年生の授業では当たり前のようにカタカナが「書ける前提」で進みます。

わが子も、クラスのお友達から「『ジェットコースター』の『ジェ』ってどう書くの?」と聞かれたそうです。 基礎練習の時間が削られている今、単語としてカタカナを使いこなせるようにしておく家庭でのフォローは、想像以上に大切だと実感しました。

また、漢字についても「学校任せ」にしない工夫が必要です。 学校のドリルでは、例えば「花」という字を習っても「はな(訓読み)」しか出てこないことがあります。(わが子は授業で「花だん、花びん」など別の読み方の言葉を答えるのが楽しみだったようですが)

複数の読み方は学年が上がってから教科書に出てきますが、その時にはまた新しい漢字が大量に出てきます。だからこそ、1年生の漢字は1年生のうちに、音・訓両方の読み方をマスターしておくべきです。 公文の教材や市販のドリルなら、低学年用でも両方の読みがしっかりカバーされていますよ。

1年生の頃は、作文の宿題も少なく、ノートに書く量もわずかでした。 2年生のアウトプットの嵐に放り込まれる前に、家庭で少しずつ「書くこと」の土台を補っておく。それが、今の高度な授業を「難しい」ではなく「楽しい!」に変える一番の近道だったのだと思います。


算数:OSとしての「概念」とアプリとしての「計算量」

10の合成を現した「ナンバーブロックス」のおもちゃと100玉そろばん
算数の基礎は、プリントを開く前の『具体物』から。Number Blocksと過ごした時間が、数の概念を育ててくれました。

国語の「書き出し」と同様、算数でも大きな変化を感じています。最近の算数でよく耳にする「サクランボ算」。繰り上がりを視覚的に理解するためのものですが、私たち親世代にはなかった教え方ですよね。周りの保護者の方からも「どう教えていいか戸惑う」という声をよく聞きました。

わが家が1年生の算数で困ることがなかったのは、入学前に家庭学習や公文で土台を鍛えていたからです。

「公文は反復して暗記するだけ」という意見もありますが、わが家では公文に入る前に徹底して「数の概念」を染み込ませる時間を持ちました。

  • 七田式プリント100玉そろばんなどの具体物を使った計算
  • おうち英語で親しんだ「Number Blocks」

あらかじめOSとして「数の概念」をインストールした上で、公文というアプリで「圧倒的な計算量」をこなす。この順序が、確固たる自信に繋がったと感じています。

実際、2年生の「筆算の解き方を友達に説明する」という授業では、その自信が存分に発揮されていました。 ノートを見ると、「まずは1の位同士を足して……」と手順がステップごとに美しく整理されており、さらに「間違いやすいポイント」まで織り交ぜて書かれていたのです。

公文で筆算を繰り返していた頃は、その量の多さに「めんどくさい」と漏らしたこともありました。でも、基礎を無意識に解けるレベルまで高めていたからこそ、授業では「解くこと」に頭を使いすぎず、「どう説明するか」という一歩先の楽しみに集中できたのだと思います。

「続けていて本当によかった」と、今親子でその実感を噛みしめています。

自信という羽を持って教室へ

楽しそうに学校へ向かう子ども

2年生になった今も、わが子は相変わらず、夕飯後まで机に向かうようなことはしていません。 友達と遊ぶ前に宿題を終わらせ、夕飯まではずっと好きなことをして過ごしています。

ですが、七田式プリントや公文が「当たり前」のルーティンになっていたからこそ、授業での新しい刺激を「疲れ」ではなく「楽しさ」として吸収できているのだと感じます。

「2年生になって、授業が前より楽しくなった!」

帰宅したわが子からその言葉を聞いたとき、私は心の底からホッとしました。 今の授業は、基礎という「土台」の上で踊るダンスのようなもの。土台がグラグラしていたら、楽しく踊るどころではありません。

2年生の壁を怖がる必要はありませんでした。 大切なのは、新しいことを詰め込むことではなく、積み残しをなくして、子供が「自信という羽」を持って教室に行けるように整えてあげること。 子供の笑顔から、そんな大切なことを教えてもらった気がします。

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