子どもの知的好奇心を伸ばしたいけれど、高価な教材はハードルが高い…」そんなふうに悩んでいませんか?
実は、子どもの興味に合わせて家にあるもので「即席の教材」を作るだけでも、子どもの集中力と学習意欲は驚くほど引き出せます。
今日は、1歳の頃の小さな数字ポスターから始まったわが家の「壁の歴史」を振り返りつつ、不器用な私でもできた、子どもが夢中になる「手作り環境づくり」の秘訣をシェアします。
今、わが家の壁には小学校で習う漢字1,026字のポスターが貼ってあります。 実はこれ、おととし「全部貼ってほしい」というわが子の一言から始まったプロジェクト。最初はただの数字の歌を貼るだけだった壁が、いつの間にかこんな壮大なものになってしまいました。
なぜ、わが家の壁はここまで進化し続けてきたのか。 「白の壁は白じゃない」……そんな思いで重ねてきた、わが家の「壁の歴史」を、少しだけ覗いてみてください。
「白の壁は白じゃない」——我が家の壁面の歴史

最初は小さなものからのスタートでした。1歳だったわが子は「数字の歌」が大好きでした。
「工場の煙突」「お池のガチョウ」「赤ちゃんのお耳」……。かわいいイラストと数字をポストカードに印刷し、壁に貼ったのがわが家の「壁の歴史」の始まりです。
大好きな歌の歌詞とイラストが、いつの間にかインテリアの一部に。決しておしゃれな空間とは言えませんが、「わが子の好き」をいつでも見られる場所にしたい一心でした。その甲斐あってか、1歳のうちに数字をマスターし、小学生になった今では算数が大好きな子に育っています。
2歳になった頃、わが子は「きかんしゃトーマス」に夢中になりました。トーマスの図鑑やカタカナ表のおかげでカタカナを習得した話は以前の記事でも紹介しましたが、カタカナを覚えると同時に、日本以外の国にも興味が広がっていったのです。
「この機関車はどこの国から来たの?」「その国はどこにあるの?」
子どもの止まらない質問攻め。ここで私は、また壁に向かいました。手作りの世界地図を作り、そこに国旗、キャラクター、そしてその国の象徴的な食べ物や文化(ボルシチ、万里の長城、ピザ、オペラハウスなど)をカードにして配置したのです。
子どもの「知りたい」という小さな種が、知らない世界へと少しでもつながって広がればいい。そんな願いを込めた壁でした。
同時期には、粘土や絵具遊びの中で「何色と何色を混ぜたらどうなるのか」という疑問が膨らんでいたため、混色表も壁に貼っていました。
最初は「赤+青」「青+黄」「黄+赤」の3種類だけだった表も、わが子が「赤と白でピンクになるんだね!」「黒と白でグレーになったよ!」と発見するたびに、どんどん項目が増えていきました。
自分の「気づき」が壁に反映されていくワクワク感。その積み重ねが、わが子にとって「知ることは、自分の世界を色づけることなんだ」という確信に変わっていったのだと思います。
その後も、その時々でわが家の壁は姿を変えていきました。物の数え方(助数詞)、大きな数(億を超えて無量大数まで!)、そして四季の行事や植物といった季節の移ろい……。
動物に関しては、最初は「何を食べるか」という食生活から始まり、哺乳類や魚類といった分類を経て、ついには進化の系統図にまで発展しました。
今こうして振り返ると、昔はかなりマニアックな手作りポスターを貼っていたんだなと笑ってしまいます。そう考えると、今貼っている漢字のポスターがなんだかとても洗練されて見えます(笑)。
そんな日々の原動力は、いつも子どもからの「知りたい!」という純粋な問いかけでした。 けれど、それに応えるために「深掘りしたい」「納得するまで突き詰めたい」と情熱を注いできたのは、紛れもなく私自身です。このパッションだけは、壁に貼るものが変わってもずっと一貫しているのかもしれません。
実は私、壁に貼るもの以外にも、家の中にはちょっとした「手作り品」が溢れています。子どもの興味を形にする時間は、私にとって何よりの楽しみ。ここからは、わが家の壁以外の場所で活躍していた、こだわりの作成物たちをお見せします!
即席で量産!親のパッションが詰まった「教材モドキ」
壁を整えるのと同じくらい、私が夢中になったのが「教材の手作り」です。
2歳になった頃、伊藤恭先生の著書『2歳児のさんすう』に出会いました。当時わが子はすでに数字に興味を持っており、私自身もその教え方に強く惹かれました。ただ、ピグマリオンの専門教具は高価ですし、住んでいる地域にはお教室もありません。
そこで、「自分で作ればいいんだ!」と思い立ち、ドット棒やサイコロを自作しました。書籍の指示通りに工作する時間は、私自身が「数というものの構造」を深く理解する、とても貴重なプロセスでした。
正直に言うと、ドット棒にわが子が劇的に夢中になったかと言えば、そうではありませんでした(すでに『ナンバーブロックス』で数を理解し始めていたので)。それでも、「親が工夫して作った道具で一緒に学ぶ」という時間そのものが、わが子にとって一番の教材になっていたのだと感じます。
そんな手作り熱が高まっていた3歳の頃、小学校受験が終わるタイミングで、こぐま会の『ひとりでとっくん』シリーズをメルカリでまとめて入手しました。100冊近い段ボールが届いた時のワクワク感といったら!
その中に専用の積み木が必要な課題があったのですが、「わざわざ買うのもな……」と家にある空き箱で代用品を作ってみました。すると、それを見たわが子が目を輝かせて大喜び!私が昼食の支度をしている間に、なんとそのドリルをあっという間に一冊終わらせてしまったのです。隣で一部始終を見ていた夫も、その驚異的な集中力に目を丸くしていました。
もしこれが高価な本物の教具だったら、「大事に、少しずつ何日かに分けて使ってほしい」なんてブレーキをかけていたかもしれません。でも、手作りだからこそ「どんどん触って、どんどん試して!」と、親も潔く構えていられます。

高級な教材だと、つい『一度に終わらせず、大切に少しずつ使ってね』なんて言いたくなっちゃいますよね(笑)。でも手作りなら、思う存分遊び倒しても大丈夫。この『親の心の余裕』が、子どもの集中力を引き出す一番の環境になるみたいです。
これに味をしめた私は、その後も次々と「教材モドキ」を作成しました。色板を並べるパズルや、ひもを通す練習台など、わが子の「今やりたい!」という熱量に合わせて、即席の道具を次々と量産していきました。
そんな風に即席の道具を量産していきました。勉強のための道具だけでなく、散歩中に見つけた雑草や花を撮影し、名前を調べてはファイリングするような「自然の図鑑づくり」も、わが家の日常の一部でした。
まとめ案:壁の向こう側に見えるもの
わが家の壁の歴史を振り返ってみると、そこにはいつも子どもの「知りたい!」という純粋な問いかけと、それに応えるための私の試行錯誤がありました。
「きかんしゃトーマス」から始まった世界への興味、色を混ぜるワクワク感、そして空き箱で作り上げた即席の教材たち。振り返れば、どれも完璧な準備ができていたわけではありません。むしろ、「わざわざ買うのもな」という小さなケチ心がきっかけで(笑)、その分、子どもと「今」この瞬間を楽しむことに集中できました。
市販の完璧な教材を与えることも一つの正解かもしれません。でも、親が工夫して作った道具で一緒に学ぶ時間は、どんな高級な教材よりも、わが子にとっては温かい「学びの記憶」として刻まれています。
「知ることは、自分の世界を色づけること」。
この感覚こそが、将来子どもが困難にぶつかった時、自ら学び直すための強い土台になると信じています。「知・食・住」を整えることは、子どもに一生ものの「学ぶ姿勢」をプレゼントすることなのかもしれません。




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