今でこそ、縄跳びの技やピアノの練習に一生懸命打ち込んでいるわが子。でも、幼稚園時代は「できないことのために頑張る」という姿勢があまり見られない子でした。
「できないなら、今はやらない」。そんなスタンスを崩さず、時期が来ればいつの間にかさらりとやってのけてしまう。そのあまりの変わり身の早さに、「実は裏でコソ練でもしてたの?」と疑ってしまうほど、親としては驚かされることばかりでした。
もちろん、実際にはそんな努力家な一面を隠していたわけではなく、単に「時期を待っていた」だけなのですが……。成長の早さは嬉しかったものの、心のどこかで私は、「自分の力でコツコツと努力して、何かを掴みとる喜びを知ってほしい」と願っていました。
そんなとき、ふと目に留まったのが「公文のトロフィー」です。 「これなら、あの子の火をつけられるかもしれない」。こうして、トロフィーを目指す親子の挑戦が始まりました。
「自分もほしい!」子供の熱意をトロフィーに繋げるために
公文のトロフィー(正式には「オブジェ」と呼ぶそうです)は、年度末の時点で「3学年先」の教材を終えているともらえる特別なもの。例えば年長さんなら、3年生の分野まで修了しておく必要があります。
ある日、わが子がまだ入会間もない春のころ、「教室でトロフィーをもらってる子がいる」と、目撃して帰ってきました。それを見て「自分もトロフィーがほしい!」と珍しく強い言葉で言ったんです。当時、これといった物欲がなく、おもちゃ屋で駄々をこねることもなかった子が初めて見せた執着でした。
「頑張って続けていたら、きっともらえる日がくるよ」とその時は答えましたが、秋ごろの進捗を鑑みると親としては内心、「今ならいけるかもしれない」という確信と、それ以上の焦りが入り混じっていました。
年長の秋の時点で、わが子は2年生教材(B教材)を修了したところ。あと数ヶ月で3年生教材(C教材)まで走り抜ければ、トロフィーはすぐそこです。実力だけで見れば、九九もあまりのある割り算も習得済み。「これなら十分間に合う!」と踏んでいました。
懸念材料はただ一つ、「公文特有の丁寧すぎる反復学習」です。
B教材に取り組んでいた頃、先生は本当に丁寧に指導してくださっていました。先生には「幼児は学校で習うわけではないので、すぐに忘れてしまわないように定着させる」という確固たる信念がありました。そのため、5回に1回くらいの割合で、以前学習した内容が復習として宿題に組み込まれていたのです。
例えば足し算の筆算をやっていれば、前に学習した引き算が5回に1回ほど宿題に入り、引き算の筆算に進んでからも、足し算の筆算が同様に定期的に復習として入るという具合です。
そのおかげで基礎は盤石なのですが、トロフィーの期限が迫る中、「すでに完璧に覚えている九九まで、このペースで反復していたら間に合わない……!」という焦りがありました。
そう考えた私は、わが子の意思を再確認する前に、まずは先生の元へ相談に行くことに決めました。「もし無理だと言われたら、あの子ががっかりしてしまうから」――そんな親心から、まずは大人の戦略として、先生と直接お話しする場を設けたのでした。
「丁寧な反復」を味方につけるための戦略的相談
先生に相談する際、私はあらかじめ、自分がこの挑戦を大切に考えている理由をいくつも頭の中で整理していました。
わが子は公文を嫌がってはいませんでしたが、同時に「やった!できた!」という達成感を味わう経験も少ない子でした。
ひらがなや計算の概念も生活の中で自然と身につけてしまいました。自転車もトイトレも、練習開始からわずか一日でマスターしてしまったわが子。本人にも親にも「苦労して乗り越えた」という感覚がなく、すべてが日常の延長線上でサラリと終わってしまう。そんな成功体験が積み重なる一方で、親としてはどこか物足りなさを感じていました。
転ぶ痛みや、失敗する悔しさ、それを乗り越える泥臭い努力。そのプロセスを知らないまま育つことに、ふと不安を覚えたのかもしれません。
「自分の手で苦労して、何かを掴みとる経験をさせてあげたい」 「冬生まれで体も小さく、自信を失いかけている今の時期に、一生懸命頑張ったという『強み』を小学校入学前に持たせてあげたい」
そんな親としての切実な願いとともに、「今、簡単な教材を繰り返すことでモチベーションを落とし、公文自体を辞めてしまう未来だけは避けたい」という危機感も正直に伝えました。
結果として、先生は「ぜひ目指しましょう。間に合うと思います」と二つ返事で快諾してくださいました。後から思えば、そこまで論理武装せずとも快く背中を押してくださる先生だったのかもしれませんが、あの時、私の気持ちを汲み取り「教えてくれてありがとう」と言ってくださったことは、今でも感謝しています。
公文の先生との二人三脚。目標達成に向けた柔軟な学習プラン
通常は1日5枚の宿題を、週末だけは1日10枚に。先生からは「そんなに負荷をかけなくても、今のペースなら期限内に間に合いますよ」と助言をいただきました。
それでもあえて枚数を増やしたのは、親としての二つの狙いがあったからです。一つは、インフルエンザや急な体調不良といった予期せぬトラブルで予定が狂うリスクを、余裕を持ってカバーすること。そしてもう一つは、「自分で頑張って勝ち取った」という実感を、目に見える努力の積み重ねとして本人に味わわせたかったから。
私のわがままな提案でしたが、わが子もトロフィーという目標に向けて、ひたむきに走り抜けました。
トロフィーがわが子にくれた「努力の自信」
こうして1ヶ月以上の余裕を持って無事にC教材を修了。トロフィーを手にできたあの日、私たちは家族で大好きなレストランへ駆け込み、盛大にお祝いをしました。
美味しい料理を囲みながら、「本当によく頑張ったね!」と何度も称え合いました。テーブルの上の料理よりも、誇らしげに輝くトロフィーよりも、達成感に満ち溢れたわが子の笑顔が、私には何よりも眩しく見えました。
今、トロフィーは3つに増えました。今年度は算数だけでなく、国語でも受賞したのです。
公文のトロフィーがきっかけだったのかは分かりません。けれど、トロフィーをもらう前と後で、わが子の姿は明らかに変わりました。あんなに「できないなら今はやらない」と言っていた子が、今では縄跳びやピアノなど、できないことでも毎日コツコツと練習を重ねるようになったのです。
大人になってもトロフィーをもらう機会なんて、そうそうありません。 少なくとも、私や夫の人生にはなかった経験です。
「努力して手に入れた」という成功体験が、わが子の心の中にどんな種をまいたのか。それをこれからも大切に見守りながら、この経験が彼の未来の自信を支える土台になってくれたらと願っています。
あわせて読みたい



コメント