小1で公文F教材(小6相当)へ。朝学習なし、遊びきった後の「夜公文」が続く理由

子どもが公文プリントをやっている手元公文式
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「朝の15分が脳のゴールデンタイム」とよく聞きます。かつての私も、子供が小学校に入学する前は、朝に公文のプリントを終わらせるのが理想だと思っていました。

ですが、現実は甘くありませんでした。朝はただでさえバタバタ。眠い目をこすりながらプリントに向かう子供の姿を見て、「これは、私の理想を押し付けているだけかもしれない」と気づいたのです。

そこで思い切って朝学習を廃止。たどり着いたのは、一日を遊びきった後の「夜公文」でした。結果として、小1でF教材(小6相当)を学習するまでに成長したわが家の「夜公文」の理由と、その環境づくりの秘訣をお話しします。

見わが家の「夜公文」3つのマインド出し

「朝」を諦める: 親の余裕が子供のやる気に直結する

「遊び」を優先: 発散した後の脳は学習モードに入りやすい

「夜」の儀式: 疲れていても取り組めるルーティンの作り方

1.なぜ「朝学習」を選ばなかったのか?

わが家が朝学習を選ばなかったのは、物理的な要因が大きいです。幼稚園時代からバスの時間が早く、小学生になった今も7時過ぎには登校する生活。朝の時間は、常に「出発」という締め切りに追われています。

もちろん、もっと早起きをすれば学習時間は確保できるかもしれません。でも、私はあえてそれを選びませんでした。

理由は2つあります。 一つは、その日の学習が難しくて手こずった場合。登校時間は待ってくれません。消化不良のまま、モヤモヤした気持ちで家を出るのが親子ともに嫌だったからです。

もう一つは、わが子の性格です。時間内に終わらず、途中で切り上げなければならない時、悔しくて泣いてしまうことがありました。そんな悲しい表情のまま「いってらっしゃい」と送り出すのが、親としてどうしても耐えられなかったのです。

わが子は幼稚園時代からずっと、家に帰ってくると友達との外遊び、レゴ、マイクラ、工作……と、とにかく「やりたいこと」で頭がいっぱいな子です。 日中、まずは自分の好奇心をフルに動かして脳を十分に満足させる。その「やりきった!」という心の充実感を持ってから学習に向かうのが、わが家には合っていました。

そのかわり、少し早く目覚めた朝(わが子は放っておいても勝手に目覚めます)など、時間に余裕があるときは、学年相当の問題に触れたり、大好きな読書をしたりして過ごしています。

2.夕飯後の「やるよー」は、2歳からの積み重ね

わが家が大切にしているのは夕飯のあとの時間です。おなかがいっぱいになり、一日の遊びをやりきって、ふっと落ち着いたタイミング。そこで私が「やるよー」と声をかけるのが、公文を始める合図になっています。

これは、わが子が2歳の頃に始めた「七田式プリント」からの積み重ねです。当時は、たった数分、簡単な内容からでした。でも、その時から「夕飯のあとは机に向かうのがわが家のリズム」として大切に育んできたことで、今では歯磨きと同じように「やって当たり前のこと」として定着しています。

短くなった鉛筆。
2歳の頃から使い続けてきた、鉛筆たち。短くなった鉛筆の一つひとつが、わが家が夜公文をコツコツと積み重ねてきた『歴史』そのものです。

「親の覚悟」が習慣を作る

導入初期こそやらない日もありましたが、就学を意識しだしてからは、私自身のなかに「親の覚悟」を持って取り組んできました。

大切にしているのは、「やれない日はあっても、やらない日はつくらない」ということ。 体調や疲れなど、物理的に「やれない」日はあっても、親の気分や都合で「今日はやらなくていいよ」とはしません。

親が見たいテレビがあるなら録画し、公文をしている間は親も隣で読書や勉強をする。そんな「親の姿勢」も、子どもの習慣化には欠かせないと感じています。

私は、勉強することを「苦行」だとは思っていません。わが子に勉強をさせることを「かわいそう」とも思いません。むしろ、学校の授業がわからなかったり、ついていけなかったりする方が、よっぽどかわいそう。今、楽しそうに小学校へ通うわが子を見ていて、その思いはさらに強くなりました。

これから毎日の学習を始めるなら、最初は短時間、簡単な内容からで大丈夫。まずは「親が覚悟を決めて」その時間を作ってあげることが、何より大切だと思います。

3.学習効率を最大化する「遊びと公文のスイッチ」

どんなに習慣として身についていても、わが子が「やらなくてはいけないもの」とわかっていても、やっぱり気分が乗らない日はあります。

そんな時は、あの手この手で乗り越えます。 「2枚だけやってお風呂で気分転換してから、残りの3枚をやろうか」と時間を分散させたり、計算中だけはノリノリの音楽をかけたり。時には、一口サイズの果物を食べながら取り組むこともあります。

また、わが家でよくやるのが「家族みんなで解く」こと。ちなみに私は「熊のぬいぐるみ」になりきって参戦します。その子はわが子より年下で、計算があまり得意ではないという設定。そんな「仲間」がいるだけで、机に向かう空気がふっと軽くなるようです。

一口柑橘とクマのぬいぐるみ
『勉強仲間』のくまさん。私がくまさんの声色で『ねえ、ここどうやって計算するの?』と聞くと、わが子は誇らしげに先生になって教えてくれます。そんな遊び心こそ、夜公文を乗り切る隠し味。

4.小1でF教材まで到達した、日々の工夫と親の関わり方

高度な学習を続けるには、「親の覚悟」と同じくらい「親の潔い撤退」も必要です。

けた数の多い割り算や分数の四則混合など、大人でもひるむ量の日には「今日は2枚でOK!」と言い切ります。国語の読解も、本文に線を引くだけでOKにして、記入は後日に回すといった柔軟さを大切にしています。

この「安心感」があるからこそ、子供は「もうやめたい」と言わずに、高い目標へ挑戦し続けられるのだと思います。

今回ご紹介した「夜公文」というリズムは、わが家の「整った環境」があってこそ支えられています。リビングを最高の知育場に変えた工夫や、玄関を学びの拠点にするアイデアも併せて読んでいただくと、よりわが家の「知食住」のサイクルが見えてくるはずです。

[→「リビングを公園にして脳の土台を作る」記事はこちら]

[→「玄関を学びの拠点に変える」記事はこちら]

まとめ:公文は「勉強」ではなく「生活の一部」

小1でF教材という壁は、決して楽な道のりではありません。それでも続けていけるのは、日中の「全力の遊び」と、夜の「親の覚悟」、そしてブレーキをかける「親の潔さ」があるからです。

進度の数字を追うことよりも、一日の終わりに親子で「今日もやりきったね」と笑い合える空気感を作ること。それが、わが家が大切にしている「知食住」を整える学習リズムです。

これからも「やれない日はあっても、やらない日はつくらない」の精神で、楽しみながら伴走を続けていきたいと思います。

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