全国統一小学生テストの過去問を解きました! こんなのブログに載せる人、きっと他にいないですよね(笑)。
世の中のSNSやブログを見ていると、全統小当日の朝、「いざ、会場へ!」という熱気あふれる投稿で溢れかえります。でも、わが家はあえての「自宅受験」。
今はまだ中学受験を目標にしていないわが家にとって、わざわざ会場へ足を運んで緊張感の中で戦うことよりも、「今の自分のチカラを試すパズル」として、家でのんびりと楽しむことの方が、今は適しているという結論に至りました。
……といっても、ただ過去問を渡して「はい、やってみて」と放置するわけではありません。ここは親の出番です。実際に何をしたのか、その結果を以って今後どうしていくのか、今日はそんな話をしたいと思います。
なぜ「自宅受験」だったのか?
全国統一小学生テスト(全統小)は、地方住まいのわが家でもテレビCMで見かけるほど有名なテストです。この地域には大手進学塾もなく、全国規模で子どもの立ち位置を確認できる貴重な機会なのですが、これまで参加を見送ってきました。
理由はシンプルです。「テストの難易度で、子どもが勉強に苦手意識を持ってしまわないか」が心配だったから。
- 年長の時: 「これから就学なのに、苦手意識がついたら大変!」と回避。
- 小1の時: 学校に慣れるのが精一杯な時期。「ここで難しい問題に直面して、メンタルを削るのは避けたい!」と回避。
それに加え、秋には地域のお祭りという外せない行事もあります。田舎特有の事情と、子どものメンタル第一主義。そんなわけで全統小とは距離を置いてきました。
ですが、今回ついに「満を持して(笑)」挑戦することに。みんなが会場受験を終えてから数週間後、過去問と解答を入手し、いざわが家のリビングでスタートです!
自宅で「全統小」をやってみてわかった、メリット・デメリット
今回、あえて「自宅受験」という道を選んでみて、その価値と限界を冷静に分析してみました。
メリット:親子の絆を深めつつ、実力を測る「観察の密度」
- 「失敗の未然防止」ができる 事前に私が問題に目を通せるので、「今のレベルには難しすぎるかな?」という場合は、無理にテスト形式で解かせず、自信を失わせない調整が可能です。
- 思考プロセスを詳細に分析できる(観察の密度が高い!) 会場受験では、終了後に子どもから事情聴取(笑)するのも一苦労ですが、自宅なら「ここを解くのに10分かかっているな」「あ、ここはしっかり思考を組み立てているな」という生の姿を手に取るようにわかります。もちろん、私はPCで作業をしている「てい」で、監視している素振りは一切見せません。
- 純粋な「集中環境」を作れる いつもの場所で取り組むので、本人も親も無駄な緊張がありません。テストというイベントで消耗せず、純粋に問題に向き合うことだけに集中できます。
- 「数値」に振り回されない わが家は中学受験を目的としていないので、偏差値に一喜一憂する必要がありません。数値ではなく「わが子の現在地」だけを見つめることができます。
- 必要に応じて柔軟なルール変更が可能 「30分で解くよ」と伝えてスタートしても、納得いくまで考えさせたいときは柔軟に延長できる。これも自宅受験ならではの特権です。
- 移動時間・受付の「無駄」をカット 時間の節約だけでなく、移動の疲れもないので、その分を学習への集中力へ直結させられます。
デメリット:客観的な評価は手放す必要がある
- 「本当の立ち位置」は測れない 会場特有の緊張感の中で出せる数値とは違います。あくまで「問題に触れる」「思考力を測る」という感覚に留まります。
- 公式な成績表(偏差値)が出ない ネットで平均点は見られますが、詳細なデータや順位は分かりません。
- 「ライバルの中にいる」体験はできない 会場で他者と競い合う独特の空気感は、やはり家庭では再現できません。
「偏差値」という客観的な数値よりも、わが家が選んだのは「子どもの学習意欲」と「思考プロセスの共有」でした。
実際にやってみた当日、リビングのいつもの机で過去問を広げるわが子の姿を見て、確信しました。「あ、これで正解だったんだ」と。
私がPCをカタカタさせながら、あえて「見ていないふり」をして横目で見ていたのは、正解・不正解の数ではありません。問題文を読んでいる時の視線の動き、考えあぐねている時の鉛筆の止まり方、そして、難しい問いにぶつかった時にふと見せる「面白そうな顔」。
会場では決して味わえない、この「思考のライブ感」。 ここからは、実際に家庭内で起きた「ちょっと笑えるハプニング」と、親として発見した「子どもの思わぬ一面」についてお話しします。
初めての過去問。親としての「戦術的判断」
過去問が届き、まずは私が手にとって問題のレベル感を確認してみました。初めてのことですから、ある意味「偵察」です。
率直に言って、国語の長文には少し驚きました。「内容自体は難しくないけれど、これだけの分量(6ページにわたる文の読解)の問題にあたらせたことはないな」という点。
そして算数です。最後の大問に至っては、設問に入る前の「説明文」だけで2ページもある。「こんなの解かせたことないぞ! 『意味わかんない!』って怒り出すんじゃないか?」と、正直ハラハラしました。
それでも、「いや、大丈夫だろう」という確信もありました。
公文の国語でコツコツと積み上げてきた、少し背伸びした文章に触れる習慣。 今のわが子なら、算数の複雑な説明文に出会っても、それを「壁」ではなく「読み解くパズル」として楽しめるはず。そう判断して、「これやってみない?」と持ちかけてみたのです。
すると、寝る前にもかかわらず「今からやりたい!」と予想外の返事。 火がついた学習意欲を消すのはもったいない。私は深夜、ニヤニヤしながら手書きの回答用紙を作り、明日の「家庭内テスト」に備えることにしました。
深夜の準備は、解答用紙の作成だけじゃない
解答用紙を手書きで用意しただけでなく、算数で一番の難関となりそうな「最後の大問」のために、ちょっとした仕掛けも用意しました。
それは、設問の並び替え問題を解くための「お手製カード」。 「もし混乱したり、『わからない!』と言い出したら……」そんな万が一に備えて、カードを並べ替えて直感的に解けるようにしておいたんです。
もちろん、最初からこれを使わせるつもりはありません。あくまで「最後の手」として。テスト中に詰まったらヒントにするため、あるいは終わった後に「どうしてこうなるのか?」を一緒に紐解くための武器です。
テストの結果だけで判断するのではなく、「その子がどう考えたのか」を一緒に追体験するためのツールを準備する。
思えば、こうして「勉強」を「いかに面白く、いかに乗り越えやすくするか」を考える過程こそが、私が一番楽しんでいることなのかもしれません。
当日の朝、ひっそりと始まった「家庭内テスト」
迎えた当日。朝食を終え、夫がまだ夢の中にいる静かなリビングで、その時はやってきました。 「お父さんが起きる前に、ちょっとやってみる?」 そんなひそやかな提案に、わが子は「うん」とだけ。あれ?昨日のあのやる気は?(笑)と思いましたが、とりあえず解答用紙に答えを書くことを説明しました。
いざスタートすると、さっきまでの和やかな空気はどこへやら。 食卓がそのまま「テスト会場」に早変わりです。私は隣でPCを広げ、いつも通り仕事をする「てい」で、背中越しにわが子の動向を見守りました。
鉛筆が走る音、問題用紙をめくる音。 会場に行けば決して聞こえない、そのリアルな「思考のライブ音」がリビングに響きます。
「おっ、ここまで意外とスムーズだな」 「おっと、今ちょっと手が止まったぞ。さて、どう考える?」
私はPCの画面を見ながら、心の中で実況中継を繰り広げます。 この距離感、この緊張感、そしてこの特等席。 「監視」なんていう物々しい言葉ではなく、これは紛れもなく、子どもの成長を一番近くで見守る「親の特権」です。
そして訪れた「事件」
静寂の中、順調に進んでいるかと思いきや、突然わが子の鉛筆が止まりました。そして、少し困ったような、でもどこか面白がっているような声が聞こえてきたのです。
「お母さん、選択肢がないよ?」
……あ。
私は心の中で盛大に頭を抱えました。完璧に時間を計り、手書きで解答用紙まで用意したはずだったのに、よりによって一番肝心な選択肢を書き忘れるという大失態。
PCで仕事をしている「てい」を崩せず、私は冷静を装って「ごめん!〇つけるんじゃなくて、そのまま答えを直接書いといてー!」とだけ伝えました。
そんなこちらのミスにも動じず、わが子は「了解!」と即座に切り替え、淡々と解答を書き進めていきます。私のミスすらも「テストの一部」として冷静に対処するその姿に、思わず背後で「お、お主やるな……」と感心してしまいました。
衝撃の結果!? 親の予想を裏切る成長
算数を終えたわが子は、「全然難しくなかった!満点取れてるかな~」とノリノリ。 ……恐ろしいことに、あの最後の大問、私が解いた時よりもサクッと解いているのを隣で見てしまいました。「親の出番(お手製カード)」の出番なんて、全くありませんでしたね(笑)。
とはいえ、完全にパーフェクトかといえばそうではなく、序盤の単純な引き算でまさかの1問ミス! これには本人も少しガクッとしていましたが、すぐに切り替えて国語へ突入です。
国語は解答用紙に書くのを嫌がったので、「もう直接問題用紙に書いちゃおう!」と伝えました。 「ちゃんと見ていなきゃ」と身構えていたのですが、私のPC作業の合間にチラチラ様子を見ていると……あれ? いつ間にか解き終わって、解答用紙への記入まで完了してる。
あまりのスピード感に、むしろこっちが拍子抜けしてしまいました。
今回の家庭内テストは、わが子にとっての成長記録であると同時に、これからの学習の方向性を考える大きな転換点にもなったのです。
公文卒業、そして新しいステージへ。これからの学習方針について
今回の「全統小(過去問)チャレンジ」を終えて、わが家の教育方針にひとつの区切りをつけることにしました。
1. 計算:公文から、その先へ
算数の序盤は、公文やナンバーブロックスのおかげでまさに「瞬殺」。 公文で培った計算の「速さ」は、確実にわが子の大きな武器になっています。一方で、単純なミスがあったのも事実。「正確性を上げること」や「時間配分を意識して見直すこと」という、新たな壁も見えてきました。
現在、公文は小学校範囲の計算が終わりを迎える段階です。 これまでのような公文中心の学習スタイルからは少しステップアップして、今後は『算数ラボ』や『きらめき算数脳』のような、「考えること自体を楽しむ問題」の比重を増やしていこうと考えています。今回のテストを通じて、わが子が長文の問題を好むことも再確認できました。これからも、計算の完成度を磨きつつ、思考力を刺激する面白い教材を積極的に探していきたいと思っています。 (※算数の公文を完全に卒業するかは現在検討中ですが、学習の軸足は少しずつシフトしていく予定です)
2. 国語:読解力の確認と、語彙力への挑戦
先日受けた公文E教材(5年生レベル)の修了テスト、そして今回の全統小過去問を通じて、「ある程度の文章なら迷わず読み解ける」という確かな手応えを感じました。
そこで、公文国語はここで卒業することに決めました。 これからは、「読み解く力」に「語彙力」をどう肉付けしていくかという新しいステージへ。単に漢字を覚えるだけでなく、言葉の海を深く泳げるようになってほしい。そんな親としての新たな野望が芽生えています。
ちなみに今回の全統小で解けていたら「基礎体力がついたから卒業」、もし解けていなかったら「公文のやり方を見直すために卒業」……と、結局どの道に進んでも卒業するつもりでいたんですけどね(笑)。
(※公文卒業についての詳細は、また改めて別記事でお話しさせてくださいね)
まとめ:わが家の「知食住」を整えるプロセス
今回の過去問チャレンジは、テストの結果そのものよりも、「今のわが子の現在地」を親子で確認し、次のステージへ進むための準備期間となりました。
中学受験のためのカリキュラムに流されるのではなく、わが子にとって「今、一番ワクワクできる教材」を、これからも丁寧に選んでいきたい。そうして、家の中の「知食住」を整えるように、学習環境もその時々の成長に合わせて自分たちで丁寧に整えていく――。
今回の挑戦を通して感じたのは、「テストとは、評価されるためのものだけではなく、親子の対話のきっかけである」ということです。
- 「失敗」は、環境を整えれば「成功」の種になる
- 偏差値よりも、子どもの「思考のライブ感」を大切にする
- 仕組み(公文など)は、今のわが子に必要な分だけ使い切り、次のステージへ進む勇気を持つ
「さて、次はどんなパズルを解こうか?」
そんなふうに親子でワクワクしながら、明日からも「知食住」を整える日々を楽しんでいきたいと思います。




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