「赤ちゃんと1日も早く会話がしたい」 これは、私が生まれてくるわが子と楽しみにしていたことの一つです。
いろんなことを共有して笑いあいたい。自分が感じたことを伝えあいたい。そんな純粋な願いはもちろんありましたが、正直に言えば「言葉でコミュニケーションが取れるということは、育児をするうえでこのうえなく楽だろう」という、切実な親心もありました。「どこへ行きたい」「何が食べたい」といった要求から、「どこが痛い」といった不快感まで、言葉で理解できれば解決がずっと早いからです。
実は、私たちの「会話」は、わが子がお腹の中にいたときからすでに始まっていました。お腹をトントンと叩けば、確かな感触で叩き返してくれる。名前を呼べば、小さな動きで応えてくれる。そんな「意思疎通がはかれる喜び」を、私は生まれる前から噛み締めていました。
こうした0歳代からの「会話」への憧れと、言葉を通わせるための環境を整えてきたことが、思わぬ形で花開きます。
わが子は1歳になる前から意味のある言葉をたくさん話し始めました。1歳を過ぎたころには「空、青い」「雲、白い」と文を話し、1歳半になると児童館や習い事の先生から「3歳児並みにしゃべれますね」と驚かれ、よそのお母様方からも「うちの3歳のお兄ちゃんより物知りだ」と言われるようになったのです。
言語習得には個人差があると思いますし、私は専門家ではないので、当時の取り組みが科学的に何に繋がっていたのかはわかりません。
ただ、この時育んだ「言葉を交わす土台」が、巡り巡って今の姿——公文で算数6年相当、国語5年生相当の読み書きをこなし、マイクラの物語を英語で1万語読み抜く力——へと繋がっていることだけは、確信しています。
今回は、私が0歳代に「早く会話をしたくてやってきたこと」について、ブログのテーマである「知を整える」最初の一歩としてお話ししたいと思います。
1.お腹の中の「トントン」が教えてくれたこと

先ほども軽く触れましたが、私がわが子と初めて「会話」をしたのは、わが子がまだお腹の中にいるときでした。
お腹も少しずつ大きくなり始めたころ、ふとした拍子に「トントン」とお腹を叩いてみました。すると、中から「トントン」と、まるで返事をするかのような確かな反応が返ってきたのです。
嬉しくなって、今度は「トントントン」とリズムを変えてみました。すると、驚いたことにわが子からも「トントントン」と同じリズムで返事が返ってきたのです。
「まだ生まれていないけれど、この子にはもう、確かな意思がある。そして、いろんなことが分かっているのだ」
そう確信した瞬間でした。
その後、産婦人科の先生から性別の手がかりを教えていただくと、私たちはすぐに名前を決めました。まだ産休に入るずっと前のことでしたが、その日から毎日、決めた名前でお腹に呼びかけることにしたのです。するとしばらく経ったころ、名前を呼ぶと反応が返ってくるようになりました。
「もう自分の名前を理解して、応えてくれている」
その事実は、これから育児という未知の世界へ踏み出す私たち家族にとって、何よりの励みになりました。
だからこそ、わが子が生まれてきたとき、私は「ちゃんと意思疎通ができるはずだ」と当たり前のように信じていました。退院したその日から、わが子は単なる「守られる存在」ではなく、一人の意思を持った家族の一員として、いえ、家族の中心として、わが家の大切な歩みを共にし始めたのです。
2.「知」を育む0歳代のロードマップ
「笑い」こそが最初の双方向コミュニケーション
まだ生まれて間もない里帰り出産中のことでした。私の母が、わが子を大笑いさせていたのです。声をあげてゲラゲラと笑うわが子の目の前で、全力で「変顔」をする母。またある時は、特定の言葉や音を何度も繰り返し、一緒になって楽しそうに笑い転げていました。
表情や言葉の”音”を通じて「通じ合っている」感覚を育むその姿は、今振り返れば、子どもにとって「もっと伝えたい、共有したい」という意欲の原点になっていたのだと思います。
溢れるほどのインプット:日常を言葉のシャワーに変える
里帰り中は、寝ているとき以外はほとんど誰かが抱っこしていました。首が座ってからは抱っこ紐やおんぶ紐も使い、常に言葉を聞かせてあげていました。
特別な教材ではなく、私の長電話、隣の部屋のテレビ、ふとした鼻歌……。とにかく「言葉のシャワー」を浴びせないと言語は習得できないと思い(当時はそこまで切羽詰まってはいませんでしたが)、家では「今日の夕飯は何にしようね?」、外に出れば「ほら、今日はいい天気だよ」と、ずっと独り言のように語りかけていました。
ポイントは、赤ちゃん言葉を使わなかったこと。家族や友人と話すのと同じ自然なトーンで、ひたすら言葉の土台を整えていきました。
「口元」を見せる:発音のメカニズムを視覚で伝える
ある時、私が喋っているとわが子が私の口元をじーっと見つめていることに気づきました。「もしかして、発音の仕方を学ぼうとしている?」そう感じてからは、見つめられている時は意識的に、ゆっくりと一音一音丁寧に話してあげるようにしました。
その甲斐あってか、わが子には「きりん」を「ちりん」、「サンタさん」を「しゃんたしゃん」といった、いわゆる幼児特有の言い間違いが最初からありませんでした。視覚からも「知」を吸収していたのだと驚かされたエピソードです。
「全肯定」の姿勢:発した小さな音をすべて拾い上げる

ある日、私の母と電話をしていた時のこと。「今、『おかぁさーん』って言ってたよ?」と言われ、驚きました。私にはまだ言葉に聞こえていなかった音を、母が拾ってくれたのです。
また児童館でも、先生から「今、アンパンマンの滑り台を見て『あんぱんまーん』って言いましたね」と声をかけられました。
「そうか、もう喋っているんだ!こうやって音を拾ってあげればいいんだ」
それからは、自動販売機のピカチュウを指して「ピ」と言えば「ピカチュウだね」、みかんを見て「み」と言えば「みかんが食べたいんだね」と、どんどん気づいて、返してあげることが楽しくなりました。「自分の声がちゃんと届き、世界に通じている」という実感。それがわが子の言葉をさらに加速させていったのだと思います。
0歳のバイブル:言葉の解像度を上げた5冊の絵本
わが子の語彙力と概念理解を支えた、文字通り「読み倒した」5冊をご紹介します。
- 『頭のいい子を育てるプチ おんなじだね! こどもなかまずかん』 この本は、一つの物の名前を多様な写真やイラストで見せてくれます。毛色や大きさが違っても「イヌ」ではなく「ネコ」であること。魚が「1ぴき」の時と「たくさん」の時。この本のおかげで、わが子は四つ足の動物をすべて「イヌ」と呼ぶような混同を一度もしませんでした。図鑑が大好きな子の原点です。
- 『おとのでる絵本』シリーズ(どうぶつ・のりもの・どうよう) ボタンを押すとサイレンや鳴き声が流れる仕掛け絵本です。私が料理をしている間も、一人でボタンを押しては「乗り物は音を出し、動物は鳴くもの」という世界の理を学んでいました。
- 『いちごが いっこ いろ・かず・かたち』 「5とうの ごりらが ごーろごろ」といった心地よいリズムで、色・数・形を学べる本です。好きすぎて2冊購入したほどですが、この本のおかげで1歳3ヶ月には1〜10までを読み、16時になると時計を見て「いないいないばあっ!」が始まることを教えてくれるようになりました。
- 『アンパンマンみーつけた!』 仲間たちがひしめき合う絵の中からキャラクターを探す、いわゆる「見つけっこ」絵本です。「アンパンマンはどこ?」「どきんちゃんは?」という問いかけに応える遊びを通じて、集中力と観察力が養われました。お出かけの必須アイテムでした。
- 『あかまる どれかな?』 色と形を判別する力を育む一冊です。1歳頃に夢中になり、2歳で再ブームが到来した際は「青い丸は何個?」「大きいのはどっち?」と、より高度な質問で遊びました。成長に合わせて長く「知」を刺激してくれた本です。

まとめ:0歳から「一人の人間」として向き合うことが、知の扉を開く
「赤ちゃんと早く会話がしたい」 その純粋な願いから始まったわが家の取り組みですが、振り返ってみて確信していることがひとつあります。それは、0歳児を「何もわからない赤ちゃん」としてではなく、「確かな意思を持った一人の人間」として尊重し、環境を整えてきたことが、すべての原点だったということです。
今回お話した積み重ねの事例は、決して「早く喋らせるための訓練」ではありませんでした。わが子が「自分の意思が伝わるって楽しい!」「世界をもっと知りたい!」と自信を持って一歩を踏み出すための、「知を整える」最初の一歩だったのです。
皆さんも、今日からお子さんの発する小さな一音に耳を澄ませてみませんか?そこには、まだ見ぬ豊かな世界への扉が隠れているかもしれません。
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